警察署の保護室の防犯カメラの映像記録が民訴法220条4号ロ所定の除外事由に該当しないとされた事例
判例時報2602号で紹介された事例です(東京高裁令和5年12月12日決定)。
本件の基本事件は、警察官らに身体を拘束され、本件保護室に収容された原告が、身体拘束は違法であり、また、本件保護室において警察官らが原告に対して屈辱的な処遇をしたことはその人格権を侵害するものであると主張して慰謝料を求めたという国賠請求です。
原告が、防犯カメラの映像について文書提出命令を申し立てたところ、監督官庁である警視総監は、民訴法223条4項に基づき次のような意見を述べました。
・映像記録が提出され、民事訴訟記録の一部となった場合、何人も本件保護室内の防犯カメラの設置箇所や撮影方向、撮影範囲、本件保護室の構造等を閲覧することが可能となるため、本件保護室に収容された要保護者による本件防犯カメラの損壊や、本件防犯カメラの死角を利用した本件保護室内の設備の損壊、自殺及び自傷行為等が容易になるなど、本来、要保護者の安全を確保することが目的とされている本件保護室がその役割を果たせなくなり、かえって、犯罪の誘発や助長、要保護者の生命及び身体の危険を招くこととなるから、警察の責務である犯罪の予防、鎮圧又は捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれが具体的に認められる。
これを踏まえて、原審は、本件映像記録は、民訴法220条4号ロ所定の除外事由に該当する準文書であるとして、本件文書提出命令の申立てを却下する旨の決定をしました。
民事訴訟法
(文書提出義務)
第220条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
しかし、高裁は、つぎのとおり説示して、上記意見については、相当の理由があると認めるには足りないというべきであるとしました。
・本件保護室に設置されている本件防犯カメラは、一見して防犯カメラであることがうかがわれる形状のものではないものの、レンズが剥き出しの状態で設置されていること、本件保護室が狭小であり、防犯カメラを設置できる場所の範囲は物理的に限定されていることが認められ、これらの事実を併せ考慮すると、本件保護室に収容された要保護者は、室内を観察すれば、本件防犯カメラを認識・発見することが十分可能であることが認められる。
そうすると、基本事件において、本件映像記録が証拠として提出されることによって、初めて本件防犯カメラの設置箇所が明らかになるとか、本件防犯カメラの発見が容易になるとは認められないのであるから、本件映像記録が基本事件において提出されたからといって、直ちに犯罪の誘発や助長並びに要保護者の生命及び身体の危険を招くことになるとはいえず、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると具体的に認めることもできない。
・また、本件防犯カメラは、本件保護室の上方から下方に向けて、本件保護室内の全領域を撮影範囲に収めており、構造的な死角(撮影できない領域)は存在しないことが認められる。
そうすると、本件保護室に収容された要保護者が、構造的な死角を利用して器物損壊や自傷行為等の不法事案に及ぶことはそもそも想定されないので、本件映像記録が基本事件において提出されることによって撮影方向や撮影範囲が明らかになるとしても、そのために、犯罪の誘発や助長並びに要保護者の生命及び身体の危険を招くことになるとはいえず、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めることもできない。
・さらに、本件保護室の構造は、本件保護室に収容された者であればすぐに認識できるものであることが認められる上、本件映像記録が基本事件において提出されることによって本件保護室の構造が事前に明らかになったとしても、これにより、直ちに要保護者が器物損壊や自傷行為等の不法事案に及ぶことが容易になるとも認められない。したがって、本件映像記録が基本事件において提出されることによって、犯罪の誘発や助長並びに要保護者の生命及び身体の危険を招くことになるとはいえず、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めることもできない。
そして、民訴法220条4号ロ所定の「公務員の職務上の秘密」とは、公務員が職務上知り得た非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解されるとし、また、同号ロ所定の「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、単に文書の性格から公共の利益を害し、又は公務の執行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容から見てそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきであるとした判例(最高裁平成17年10月14日決定)の基準を引用した上で、警察側があげた本件映像が提出されることによる懸念事項について具体的に検討し、本件映像記録が基本事件において提出されることにより、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれが具体的に生じること又はそのおそれが増加することの根拠にはならないとして、映像記録の提出を命じています。
労基署の担当者作成に係る調査復命書のうち関係者からの聴取内容の引用部分等の文書提出命令の可否 | 弁護士江木大輔のブログ
相続税の申告書・添付資料についての文書提出命令の可否 | 弁護士江木大輔のブログ