じん肺訴訟における国との間の裁判上の和解はその後死亡したことによる賠償請求を妨げないとされた事例
判例タイムズ1524号で紹介された事案です(札幌地裁令和5年2月3日判決)。
本件は、じん肺を原因として死亡した亡Aの遺族が国に対して国賠請求した事案ですが、亡Aは、生前、じん肺法所定の管理四の決定を受けており、その段階で国に対して損害賠償を請求し,国との間で和解し、賠償金を受け取っていたことから、前件で成立した裁判上の和解が本件の損害賠償請求することを妨げる趣旨であるかどうかが問題となりました。
判決は、つぎのとおり説示して、前件で成立した裁判上の和解はその後死亡したことによる賠償請求を妨げないと判断しています。
●「原告は、その余の請求を放棄する。」旨の条項について
一般には、当該訴訟の訴訟物たる請求権のうち他の条項において触れられていないものはこれを放棄するという趣旨に解される。
・そして、じん肺は進行性の疾患であり、じん肺法所定の管理区分についての行政上の決定を受けている場合であっても、その後、じん肺を原因として死亡するか否か、その蓋然性は医学的にみて不明であり、じん肺死による損害は、管理二ないし四に相当する病状に基づく各損害とは質的に異なるものと解されるから、管理二ないし四に相当する病状に基づく各損害の賠償請求権と、じん肺死による損害の賠償請求権とは、別個のものというべきである(最高裁平成13年(受)第1759号同16年4月27日第三小法廷判決・集民214号119頁参照)。
・前訴での亡Aの請求は、管理四に相当する病状に基づく損害に係るものであるところ、本件訴訟での原告の請求は、亡Aのじん肺死による損害に係るものであるから、両請求は、質的に異なる損害についての損害賠償を請求するものであって、訴訟物を異にする。
・したがって、前件和解条項の第5項によって、亡Aが、じん肺死による損害賠償請求権まで放棄したと解することはできない。
●清算条項について
・清算条項について「本件に関し」と限定する場合には、一般に、訴訟物又はこれと関連する一定の範囲について清算する趣旨であると解される。
・したがって、本件におけるじん肺死による損害賠償請求は、前訴における管理四に相当する病状に基づく損害賠償請求と訴訟物を異にするとはいえ、前訴における請求と関連する請求であり、亡A及び被告(国)は、清算条項により、じん肺死による損害賠償請求権についても清算する趣旨であったと解する余地もないではない。
・しかし、前件和解の成立時点において、亡Aにじん肺死という損害が生じるか否かについては明らかではなかった。また、前件和解により被告から亡Aに支払われることとされた損害賠償金のうち慰謝料相当額は733万3333円であるところ、前件和解においてじん肺死した者の相続人に対して支払われた損害賠償金のうち慰謝料額は833万3333円であり、その差は100万円であって小さいとはいえない。
・これらの事情からすれば、亡A及び被告の意思として、第6項により、じん肺死による損害賠償請求権についても清算する趣旨であったと解することはできない。
代理人弁護士が関与して成立した訴訟上の和解により原告の損害賠償請求権は清算済みとされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ
【本件に関し】
https://ameblo.jp/egidaisuke/entry-11092737714.html
【患者と医師の間で締結された合意書の清算条項の効力が問題となった事例】
https://ameblo.jp/egidaisuke/entry-11584178429.html
【特定調停でなされた清算条項と公序良俗違反】
https://ameblo.jp/egidaisuke/entry-12119567163.html