民事信託において受託者の解任が認められなかった事案
信託フォーラム22号で紹介された事案です(東京地裁令和5年3月17日判決)。
本件は、父親が委託者兼受益者として、二男を受託者として家族信託契約を締結したという事案において、信託契約の解約(受託者の解任)の可否が争点の一つとされました。
信託法58条1項では、委託者と受益者が合意すればいつでも受託者を解任できるとされていますが、本件では、委託者と受益者が父親であり同一ですので、これによると受任者である二男を解任することができそうです。
信託法
(受託者の解任)
第58条 委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、受託者を解任することができる。
2 委託者及び受益者が受託者に不利な時期に受託者を解任したときは、委託者及び受益者は、受託者の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
3 前二項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。4項以下 略
しかし、本件信託契約では、「受益者は、受託者との合意により、本件信託契約の内容を変更し、若しくは本件信託契約を一部解除し、又は本件信託契約を終了させることができる。」と規定がされており、これが同条3項の「別段の定め」に該当し、1項による解任を制限しているのではないかが問題となりました。
裁判所は、つぎのとおり指摘して、前記規定は「別段の定め」に該当するとし解任をすることはできないと判断しています。
(1) 信託法上、委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、受託者を解任することができるものの(58条1項)、信託契約等における「別段の定め」によってその任意解任権を制限することが許容されている(同条3項)。同様に、委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができるものの(同法164条1項)、信託契約等における「別段の定め」によってその信託終了権限を制限することが許容されている(同条3項)。
ここで、本件規定は、委託者兼受益者である父親が、受託者である二男との合意により、本件信託契約を終了させることができる旨を定めるところ、これは、委託者兼受益者である父親が、受託者である二男の同意を得ずに、信託を終了することができないものと定めることで、父親の信託終了権限を制限したものであり、信託法164条3項所定の「別段の定め」に該当する。
これに対し、本件規定は、委託者兼受益者である父親が、受託者である二男との合意により、受託者を解任することができる旨を明記していない。しかし、委託者兼受益者である父親が受託者である二男を任意に解任することができると解すると、二男が信託の終了に同意しない場合、父親は、任意に二男を解任した上で、自らの意向に従う者を新受託者に選任し、その者との合意によって、信託を終了することができることとなる。これでは、父親の信託終了権限を制限した本件規定が、実質的に無意味なものとなる。
(2) また、本件信託契約は、その内容に照らすと、負担付死因贈与契約に類するものである。すなわち、原告の死亡により本件信託契約が終了すると、残余の信託財産の権利は二男に帰属する一方、それまで、二男は、賃貸物件である本件物件の管理(建物の建築や修繕等を含む。)や処分、本件物件から生ずる賃料その他の収益の管理(必要経費等の支出や父親に対する生活費等の給付等を含む。)、信託財産目録及び信託財産に関する帳簿等の作成・保管や信託事務に関する父親への書面による報告等、様々な信託事務を処理しなければならない。そして、本件信託契約上、信託事務の処理に係る信託報酬の定めはないから、二男は、無報酬で上記信託事務を処理しなければならない(信託法54条1項参照)。
本件信託契約において父親の任意解任権が留保されていると解した場合、たとえ二男が適切に信託事務を処理していても、父親の一存で何らの合理的な理由もなく受託者を解任され、それまでの事務処理への対価を得ることもできない事態が生じ得ることとなる。しかし、父親と二男が、そのような不公平な事態が生じ得ることを許容して本件信託契約を締結したとは考え難い。そして、そのような事態を防止することが、父親の信託終了権限を制限する本件規定が置かれた趣旨であると考えられる。